[Report] Discussions in Aomori (2018.03.03-05)

English summary follows

2019年3月3日から3月5日にかけて、メディアインフラ・リテラシー・プロジェクトのメンバー4名(水越伸・神谷説子・宇田川敦史・吉村奏)は、青森の地を訪問し、メディア・インフラストラクチャーのリテラシーについて検討するため、2名の方と研究会を開催した。それぞれ「放送」と「携帯電話」という異なる「インフラストラクチャー」について、第一人者にお話を伺い、ディスカッションを行った。以下はその記録である。

ローカル民放の公共的な可能性を探る(青森放送 山内千代子氏)

Chiyoko Yamauchi

2019年3月3日、プロジェクトメンバーは、2006年度から5年間にわたって民放連プロジェクトに参加された青森放送(RAB)の山内千代子氏(敬称略)を訪問した。民放連プロジェクトでのメディア・リテラシー実践から離れて8年が経過した現在、青森放送で働く山内さんが現在のメディア状況をどのように考えているかお話を伺った。山内は青森での民放連プロジェクトについて振り返った後、メディア環境の変化により、現在のテレビ局、特に地方局が難しい状況に置かれているということについて指摘された。

(報告: 吉村奏)

ケータイが変えるコミュニケーション(青森公立大学 木暮祐一准教授)

201934()には、青森公立大学の木暮祐一研究室(以後敬称略)に訪問し、モバイル・メディアの歴史と今後の展望についてディスカッションを行った。木暮は、日本のケータイ研究の第一人者であると同時に、日本のケータイの歴史を築いてきた当事者でもある。電話以外の機能を持ちはじめた携帯電話端末のことを、カタカナで「ケータイ」と呼ぶことに決めたのは、木暮が自ら主催するニフティのフォーラムだったという。青森公立大学の研究室には、1,000台を超えるというケータイコレクションの中から、厳選された200台が整然と並ぶ。いわゆる「ショルダーホン」から最新のスマートフォンまで、バラエティ豊かなコレクションは、まさに壮観である。

木暮は、ケータイが爆発的に普及した1990年代、ケータイというハードウェアを含む「インフラ」が、人々のコミュニケーションを大きく変えてきたことに着目する。ただしそれは、必ずしもケータイの利用者側が望んだものとは限らない。ケータイの機能の多くは、ケータイキャリア(電話会社)の都合に基づいて開発された技術によるものだからだ。例えば、初期のショートメールサービス。海外では、キャリアに関係なく送受信ができるのが当たり前だったが、日本では当初同じキャリアの端末同士でないと送受信ができなかった。日本では、ケータイ端末の開発はキャリア主導であり、メーカーはキャリアから受注した製品を生産するいわば「下請け」のような扱いであった。逆にいえば、メーカーの「顧客」は、キャリアであって、一般の端末利用者ではなかったのだ。

日本の携帯電話が、多機能な「ケータイ」へと進化した一つの契機は、1999年にサービス開始したNTTドコモのiモードである。これによって、ケータイでE-mailが送れるようになり、独自のコンテンツサービスも始まった。NTTドコモに続いて、各キャリアも独自のインターネット接続サービスを始めた。これによって、ケータイは単なる電話機ではなく、複数のレイヤーの通信端末を兼ねるような存在へと変容していった。

ゼロ年代に入っても、キャリア主導による、キャリア都合の技術開発が続けられ、それによって利用者のコミュニケーションが変容していく構造になっていた。いわば、「インフラ」ともいうべきキャリアのネットワークとハードウェアが、社会におけるコミュニケーションの様態を規定していたのだ。

Yuichi Kogure

例えば2000年11月には、世界初のカメラ付きケータイが発売される。当時の通信技術の中で、音声や文字の送受信以外にどのようなアプリケーションが考えられるかという企画の中で、写真を送ろう、楽曲を送ろうといった企画がキャリアの中から生まれてきた。ケータイで撮影した写真は、メールに添付して送ることが可能であった。これによって、友人同士でデジタル写真を容易に送受信することができるようになり、コミュニケーションの幅が大きく広がり、各キャリアとも標準的な機能にしていった。その後はカメラの高精細化や動画などの多機能化に向かった。大容量のデータを送受信すれば、「パケット」と呼ばれる通信量は増大する。通信量が増えれば、キャリアはARPU(顧客あたりの単価)を上げることが可能になり、それがそのままキャリアの収益増に寄与するという仕掛けであった。

もちろんこの構造は、単なる技術決定論的な図式ではない。ケータイの要素技術の向上は、音声だけでなく文字で交流したい、写真を気軽に共有したい、といった、社会的なニーズに応える形で進化してきた。一方で、その技術的な選択肢は、あらかじめキャリアの都合のいいものに絞られてきたことも事実であった。この垂直統合型のモデルは、黎明期の技術開発と、端末の普及を後押しした反面、端末の技術開発が自由競争的な市場原理に委ねられた欧米の水平分離型モデルと比べ、潜在的な発展の伸びしろに限界のあるモデルでもあった。

この限界が露呈したのが、2008年に日本で発売されたiPhoneであった。すでに独自のケータイ文化が根付き、コンテンツビジネスが盛んだった日本では、当初iPhoneを含むスマートフォンは売れない、と言われていた。しかし木暮は、iPhone登場以前から、垂直統合型モデルの限界を指摘し、スマートフォンのようなイノベーションの登場に警鐘を鳴らした一人であった。

2010年代、スマートフォンが市場を席巻するにつれ、キャリア主導の垂直統合型モデルは大きく崩れていった。これまでキャリアによって自由な開発を制限されてきた日本のメーカーは、海外のメーカーに対抗しうるほどの存在感を出すことが難しくなっている、と木暮は指摘する。

木暮は、ケータイの未来像について、ネットワークの出入り口としてのスマートフォンの役割は、まだしばらく続くだろうと予測する。スマートウォッチや、スマートグラスといった、ウェアラブル端末は必ずしも普及が進んでいない一方で、スマートフォンの役割はますます大きくなっている。今後注目すべきなのは、端末がどう変わるか、ではなく、IoTで何がつながるか、である。例えば中国では、監視カメラや決済端末、鉄道改札などがIoTでつながり、顔認証で誰がどこにいるかが特定できるようになってきている。その是非は別として、これらの行動履歴データを、信用情報として扱うようなサービスも実際に活用されている。行動履歴が「健全」であれば、信用度が高まり、より多くのサービスを利用できるようになっているのだ。

興味深いのは、利用者の中にはこの行動履歴のデータをコントロールして、信用度を下げないようないわば「ハッキング」を行う「リテラシー」を身につけている人がいるということだ。例えば、信用度を下げる可能性のある特殊な買い物の決済だけは現金で行ったり、低所得の地域に行く時はICカードを使わずに切符を買って移動するなど、自分の行動履歴の信用度を、意図的に高く保つように行動するのだという。

スマートフォンを中心とした、IoTのネットワークによる行動履歴の蓄積は、新たな「アーキテクチャ」として人々のコミュニケーション、さらには生活自体を変容させていく。IoTがまさにインフラ化していく社会だからこそ、その存在を意識し、「ハッキング」していく姿勢は、新しい「リテラシー」の可能的な様態の一つを示しているように思われる。

(報告: 宇田川敦史)

本研究会は、「メディア・インフラに対する批判的理解の育成を促すリテラシー研究の体系的構築」(科学研究費基盤研究B 2018-2020年度 課題番号:18H03343 研究代表者: 水越伸)の一環として開催された。


English summary

A future of local TV stations (Chiyoko Yamauchi, RAB)

The Media Infrastructure Literacy Project members on March 3 met with Chiyoko Yamauchi of Radio Aomori Broadcasting in the northern city of Aomori and heard how the media literacy project that the broadcaster worked on few years ago has influenced its staff and those involved.

Yamauchi, who worked as an announcer before moving onto becoming a director at the local broadcaster, played a key role when RAB ran a media literacy project between 2006 and 2010, which was supported by the Japan Commercial Broadcasters Association(JCA). Under JCA’s media literacy project, commercial broadcasters in various prefectures worked with local high schools and gave students the opportunity to create TV programs with the aim to promote media literacy while revisiting their own work and the role of TV stations in the community. (JCA’s media literacy project). Among the local TV stations that worked on the JCA media literacy project, RAB was the only firm who managed to run its project for five years while also gaining the support of some university students and the local government. (see Details of RAB’s media literacy project)

The Japanese Keitai culture (Yuichi Kogure, Aomori Public University)

Members of the Media Infrastructure Literacy Project on March 4 visited Professor Yuichi Kogure of Aomori Public University and discussed the evolution of Japanese mobile phones and the future outlook while observing some 200 keitai mobile phones displayed at his office. A recognized mobile phone researcher, Kogure has actually played an important role in the unique Japanese keitai (mobile phone) culture himself, for he is the one who began referring to mobile phones as「ケータイ」(“keitai” in katakana) when he served as the operator of a popular NIFTY-Serve online forum on mobile phones in the 1990s.

Kogure noted that keitai’s evolution definitely changed the way people communicate via mobile phones, although he observed that the new features installed on new models over the years were mostly introduced based on the technological needs of the mobile network operators and not necessarily those of the users. For example, he said, Japan’s unique keitai culture especially took off after the 1999 introduction of NTT Docomo’s i-Mode that provided e-mail, games, news and other original services and contents. This led competitors such as KDDI to launch EZWeb, a similar service for KDDI keitai users.  Meanwhile, in terms of hardware, Kogure sited the introduction of mobile cameras. When Japanese keitai was the first to feature cameras in 2001, Kogure pointed out that this development also mirrored the tactic of mobile phone carriers. While camera phones may have also reflected the users’ desire to casually take pictures and send them via e-mail, such technology actually benefitted the mobile carriers as it raised the communication traffic volume. In an environment where mobile phone operators had such power, manufacturers of mobile phones basically had to meet their demands, although they may have had the potential to develop their original phones, he added.

However, things began to change for the Japanese keitai market with the 2008 introduction of iPhones and the popularity of smartphones, Kogure said. He observes that smartphone will continue to play an important role as the connectivity of the Internet expands beyond computers and mobile phones continues to move forward.

(English summary: Setsuko Kamiya)