[Report] Seminar #4: Theoretical Frontline of Media Literacy (2018.12.08)

English Follows

2018年12月8日(土)、東京大学本郷キャンパスにて、第4回目の研究会として「メディア・リテラシー理論の現在:Global Media and Information Literacy Week 2018Media Education Summit 2018に参加して」が開催された。
本研究会は、インフラ・リテラシー研究会と、日本教育工学会のSIG-08(メディア・リテラシー、メディア教育)の共催によるもので、 2018年秋開催された国際的なメディア・リテラシーの会合の報告を中心に、メディア・インフラストラクチャーに関する議論の今後について展望するものであった。登壇者は以下の2名である(敬称略)。

また、司会は土屋祐子(広島経済大学・日本教育工学会SIGメンバー)が務めた。

Yuko Tsuchiya

メディア・リテラシーを担う3つのエージェント

2名の報告に先立って、司会の土屋が、メディア・リテラシー研究の潮流について解説を行った。土屋の整理によれば、メディア・リテラシーのエージェント(行為主体)には、大きく3つの系統がある。第一は教育学領域であり、主に教育研究者や教育社会学の分野からのアプローチである。第二はメディア社会領域で、マスメディアの送り手やNPOなど、主にメディア実践者からのアプローチを指す。第三はメディア論領域であり、メディア理論の研究者や大学における実践者によるアプローチである。本日報告のあるUNESCOのGlobal Media and Information Literacy Weekは、教育学領域が中心的だが、近年ではフェイク・ニュースへの取り組みなどメディア社会領域にも関連が深い。また、もう一方のMedia Education Summitは、やはり教育学領域、特に大学のメディア教育のエージェントが中心となるが、メディア論領域にも関連している。

土屋によれば、これらの国際的な活動においても、メディア論領域からのアプローチや理論的な取り組みがなされている場が少ない傾向があるという。このことは、これらの3つのエージェントの間をネットワークし、より学際的な取り組みへと接続する場を築いていくことの重要性を示しているだろう。土屋の整理によって、学際的なネットワークの(再)構築、という本研究会の位置づけが、より明確になったように思う。

Media Education Summitがつなぐ学際的なネットワーク

次に、水越から、11月にHong Kong Baptist Universityで開催されたMedia Education Summit(MES)の報告がなされた。MESは、実践や実務に関わっている人から教育に携わる人まで関わる多様な中規模フォーラムであり、メディア論領域からも多くの報告が見られた。MESの運営母体は、Bournemouth University(イギリス)のCEMP(The Centre for Excellence in Media Practice)という組織だが、この組織自体、実践(practice)と理論(theory)の架橋を目指す学際的な場となっている。今回はアジア初開催ということもあって、日本からも比較的多くの参加(本研究会の参加者を含め)が確認された。

Shin Mizukoshi

水越は、興味深いトピックとして、ホガートの『読み書き能力の効用』に立ち戻ってメディア・リテラシーの問題を見直したJulian McDougall and John Potterや、イギリスのメディア教育における実践と理論の対立の系譜を論じたMarcus Learning、ToolからScreenへ、さらにEnvironmentへと変化するメディアを技術哲学的な視座からとらえたGirts Jankovskisなど、メディアそのものを理論的にとらえ直そうとする意欲的な試みがあることを挙げた。

一方で水越は、本プロジェクトが問題としているような、メディア・インフラに対する理論的なアプローチの不在を指摘する。メディア論の文脈では近年、デジタル・メディアの基底にあるソフトウェアやアルゴリズム、メディアの物質性や身体性の問題が盛んに論じられているが、メディア・リテラシーの理論にこれらの潮流を接続するような動きはあまりみられていないのが現状だという。

それでも、MESが構築してきた人的なネットワークは、CEMPの学際性を反映した幅広いものであり、近い将来の日本での開催も視野に入れてさまざまな可能性を模索する必要性がある、と水越はとらえる。本報告は、今後のメディア・リテラシー研究の学際的・国際的な(特に東アジアでの)連携について、課題を指摘しつつも、幅広く前向きな可能性を参加者に共有するものであった。

Fake Newsに対抗する方策としてのMedia and Information Literacy(MIL)

長谷川からは、10月にリトアニアのVytautas Magnus Universityで開催されたUNESCOのGlobal Media and Information Literacy Week 2018の報告があった。これは、今年で8回目を数えるカンファレンスで、UNESCOの提唱するMedia and Information Literacy(MIL)の国際的な推進を目的とするものである。長谷川の報告によれば、土屋のいう「メディア社会領域」での取り組み、すなわち、MILをどのように活用して、Fake Newsに対抗していくか、が中心的な議題であり、さらにそれを各国の教育政策にいかに反映させていくか、という教育学領域への接続が大きなトレンドのひとつとなっていた。

Hajime Hasegawa

長谷川の整理によると、Fake NewsやAlternative Factsを、「民主主義の危機」としてとらえ、Fake Newsに対抗するFact Check、Alternative Factsに対抗するCritical Thinkingという観点での取り組みが幅広く共有されていた一方、メディア自体をどのようにとらえるのか、メディア・リテラシーとは何か、というメディア論領域からのアプローチが欠落している傾向があったという。

それでも、メディア・インフラのリテラシーに言及した発表としては、監視カメラのハードウェアやソフトウェアの存在に気づくためのリテラシーや、GAFAなどに対抗するオルターナティブな検索エンジンなど、Fake Newsへの危機感を基調としながらも、より基底的なレイヤーのリテラシーを模索するものが(少ないながら)見られたことが報告された。

長谷川の報告は、特にヨーロッパにおいてFake Newsが大きな社会的関心を呼んでおり、Global MIL Weekも、その危機感を色濃く反映したカンファレンスとなっていることを示すものであった。

メディア・リテラシーに「メディア」へのまなざしを

後半のディスカッションパートでは、登壇者の水越、長谷川双方から、改めて本研究会の文脈に即した論点が提示された。

水越は、メディアの物質的な側面や、ソフトウェア、アルゴリズムなど、まさしくインフラともいうべき、メディアの基底に対する「理論」の不在を指摘する。現状のメディア・リテラシー研究の多くは、いわゆる「コンテンツ」を、あたかもメディアと独立した情報としてとらえ、そのコンテンツに対するリテラシーにとどまっている。コンテンツだけをとらえるリテラシーではなく、メディアそのものに対するリテラシーがあるべきだ、と水越はいう。

長谷川は、MILの限界として、やはり、メディア論的なまなざしの欠落を指摘する。MILはその定義から、情報、すなわちコンテンツにどのように(民主的に)アクセス可能にし、そのコンテンツをいかに(自由に)解釈し表現するか、を実践するプログラムになっている。実際、MILの5つの法則の中に、「メディア」に関する記述はないといってよく、メディアとは何なのか、それ自体をとらえていく視点は含まれていない、と指摘する。

両者の指摘は、メディアそのものへのまなざしをいかに回復するのか?という問題意識において共通していたといえる。そこで問われたのは、「メディア・リテラシーの理論」とはどうあるべきなのか、ということだろう。この観点から、フロアーからもさまざまな意見が提示された。

参加者を交えたディスカッションでは、特に教育学領域とメディア論領域との接続について、どのような可能性があり得るのかについての議論が多くあった。メディアが複数のレイヤーから構成される現象である、と考えるとき、その「理解」はいかにして可能なのか、そして、それは「教育」することができるのか。さらには現場の実践者の意識と、アカデミックな理論をいかに接続し、いかにギャップを解消するのか。

これらの論点はもちろん、すぐに答えの出る問題ではない。むしろ本研究会の成果は、「メディア」という概念、あるいは現象そのものをどのようにとらえるべきか、それこそが問われるべきという問題意識自体が、参加者に共有された、ということだろう。

これまでメディア・リテラシー研究から欠落しがちであったメディアそのものへのまなざしをいかに取り戻していくか、それには学際的な見地からの知の融合が重要になってくる。メディア・インフラは決して「システム」だけに還元できるものではないし、技術だけに還元できるものではない。工学的・デザイン的な知見と、社会・文化・教育へのまなざしをどのように接続し、架橋していけるのか、水越が「ポストMELL」とも称したプロジェクトは始まったばかりである。
教育学領域、メディア社会領域、メディア論領域と3つのエージェントが織りなすメディア・リテラシー研究の営みには、各々の領域での取り組みだけでは解決できない課題が多く残されている。それぞれの知をより合わせることで、新たな可能性を模索すること、それこそが「メディア・リテラシーの理論」へとつながっていくのではないだろうか。本研究会はその可能性を共有する、第一歩として位置づけられるだろう。

(報告:宇田川 敦史)

本研究会は、「メディア・インフラに対する批判的理解の育成を促すリテラシー研究の体系的構築」(科学研究費基盤研究B 2018-2020年度 課題番号:18H03343 研究代表者: 水越伸)の一環として開催された。


English Version

4th seminar: Theoretical Frontline of Media Literacy: Reports of Global Media and Information Literacy Week 2018 and Media Education Summit 2018 was held on Dec. 8, 2018 at the University of Tokyo.

This seminar was jointly organized by the Infrastructure literacy project and the SIG – 08 (Media Literacy, Media Education) of the Japan Society for Educational Technology. The speakers are as follows;

The moderator was Yuko Tsuchiya (Hiroshima University of Economics / of the Japan Society for Educational Technology).

Yuko Tsuchiya

Three agents of media literacy

Prior to the report of the two, Tsuchiya explained about the trend of media literacy research. According to Tsuchiya, agents of media literacy have roughly three lines. The first is the field of education, mainly the approach from the field of educational researchers and practitioners, the second is the field of media society, the approach from media practitioners such as mass-media senders or NPO etc. The third is the field of media studies, an approach by researchers of media studies and practitioners at university. UNESCO’s Global Media and Information Literacy Week reported today is mainly in the field of education, but in recent years it is also deeply involved in the field of media society, such as efforts to against fake news. The other Media Education Summit is also related to the field of education, especially the media education agent of the university, but also to the field of media theory.

Tsuchiya pointed out that there are few places where media theory approaches and theoretical approaches are being done in these international activities as well. In other words, it shows the importance of networking between these three agents and building a place to connect to more interdisciplinary approaches. I think that the position of this project, constructing an interdisciplinary network, became clearer.

An Interdisciplinary network of Media Education Summit

Next, Mizukoshi made a report on the Media Education Summit (MES) held at Hong Kong Baptist University in November. MES is a diverse medium-sized forum that involves practitioners and researchers, and there were many reports from the field of media studies. MES is operated by an organization called “CEMP” (The Center for Excellence in Media Practice) of Bournemouth University (UK), and this organization itself has an interdisciplinary aim at cross-linking practice and theory. This time it was first held in Asia, a relatively large number of participants was confirmed from Japan including participants from this seminar.

Shin Mizukoshi

As interesting topics cited by Mizukoshi, there was an ambitious attempt to try to theoretically capture media itself. For example, Julian McDougall and John Potter returned to Hoggart’s “The Uses of Literacy” to review the problem of contemporary media literacy. Marcus Learning discussed the historical conflict between practice and theory in UK media education. And Girts Jankovskis caught the changing media from Tool, Screen to Environment from a technological philosophical point of view.

Mizukoshi, on the other hand, pointed out the absence of a theoretical approach to media infrastructure, as this project is in question. In the context of media studies, the matters of materiality including software and algorithms underlying digital media are discussed actively in recent years. But these are not yet connected to the theory of media literacy.

Nevertheless, the human network built by MES is a wide variety reflecting the interdisciplinary nature of CEMP, and it is possible to hold it in the near future in Japan Mizukoshi said. Mizukoshi’s report was to share a wide and positive possibility of the future collaboration of media literacy research internationally (especially in East Asia).

Media and Information Literacy (MIL) as a countermeasure against Fake

NewsHasegawa reported UNESCO’s Global Media and Information Literacy Week 2018 held at Vytautas Magnus University in Lithuania in October. This is the 8th conference, aimed at international promotion of Media and Information Literacy (MIL) advocated by UNESCO. According to Hasegawa’s report, how to utilize MIL and fight against fake news was the central agenda and also how to reflect on educational policy was one of the big trends.

Hajime Hasegawa

Hasegawa said while fake news and alternative facts were regarded as “crisis of democracy” and efforts of fact-checking against fake news and critical thinking against alternative facts were the major topics. It tends to be missing approach from the field of media studies, such as how to question what is media itself or what is media literacy.

On the other hand, there were some presenters mentioned the layer of media infrastructure. For example, a literacy considering surveillance camera hardware and software or alternative search engines against GAFA etc.
The report by Hasegawa showed that fake news are gathering a big social concern especially in Europe, and Global MIL Week closely reflects the sense of crisis.

Reconsidering “media” for media literacy

In the discussion part, Mizukoshi and Hasegawa both presented issues again in line with the context of this project.

Mizukoshi pointed out the absence of ‘theory’ about the basis of the media including the layer of infrastructure, such as the material aspects of the media, software, and algorithms. Many of current media literacy research focuses “contents” as information independent of media. Mizukoshi said that there should be literacy for media itself, not for literacy that captures only contents.

Hasegawa argued the lack of media theory as a limitation of MIL. From the definition, MIL is a program that practices how to access information and create information democratically. Indeed, it can be said that there are no descriptions about “media” among the “five laws” of MIL.

The concerns shown by the two were common in terms of how we can gaze to media itself. In other words, what should be the “theory of media literacy” was questioned there. Also, various opinions were presented from the floor from this point of view.

Especially, there was a lot of discussion about the connection between the educational field and the media studies field. When thinking that media is a phenomenon composed of multiple layers, it should be questioned how we can “understand” it and how we can “educate” it. And also, it was pointed out filling the gap between academic theories and practitioners’ view. Of course, these issues will not be answered soon. But one of the achievements of this seminar is that participants shared the thoughts that we need to reconsider the concept of “media” to construct a new literacy for media.

The integration of knowledge from an interdisciplinary point of view becomes more important to tackle these issues. Media and infrastructure can never be reduced to “system” or technology only. The project which Mizukoshi also called “post MELL” has only just begun, and we have to connect technological knowledge with social, cultural and educational theories and practices.

A lot of subjects that can not be solved by efforts in each three field independently but all three fields have to interact more. This seminar will be positioned as the first step to share its possibilities.

(Reported by Atsushi Udagawa)

This workshop was held as part of “A new literacy for media infrastructure project” sponsored by METI. (Project Number: 18H03343 / Chair: Shin Mizukoshi)